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数秒後、佐倉は春人の部屋を飛び出していった。春人は急いで靴を履き、その後を追いかける。「佐倉!」と叫んで呼び止めると、彼は細い路地の真ん中で足を止めた。
春人が追いつくと、振り返った佐倉は険しい表情で春人を見た。
「あの男と付き合っているのか」
低い声で問う。春人は即座に首を横に振った。
「違う。ただの友達だ」
実際春人とレオは付き合っているわけではなかった。しかし、ただの友達というのは嘘だった。セックスフレンドだとは、口が裂けても言えなかった。
春人は肩で息をしながら口を開く。
「僕、おまえのこと、友達として好きだよ。なあ、それじゃあ駄目なのか」
「駄目だ」
語気を強めて佐倉が言った。佐倉は俯き、唇を噛む。春人は彼が顔を上げるまで何も言わなかった。言えなかった、と言ったほうが正しいかも知れない。
「友達をやめよう」
佐倉は突然そんなことを言い出した。聞き間違いだと思いたかった。
「友達をやめよう、春人」
もう一度、佐倉がはっきりと告げる。春人が答えずにいると、佐倉は踵を返して駅のほうへと歩いていく。
「佐倉……」
そう呟いた春人の声は、おそらく佐倉本人には届いていなかっただろう。佐倉は振り向かず、また立ち止ることもせずに道の角を曲がり、その姿は見えなくなった。
アパートに戻ると、そこには変わらずレオがいた。そのことが春人の胸をいくらか安堵させた。
「何かあったのかい」
そう尋ねられたが、春人は答えなかった。代わりにレオに抱きつく。そのまま無言で肩口に顔を埋めた。
レオの腕が背中に回される。
「慰めてあげようか?」
そう誘われ、春人はこくりと頷いた。それが一番の慰みになると思った。そうして体を重ねている間、佐倉と過ごした数年間の日々が走馬灯のように脳裏をよぎっていった。
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