愛するということ

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 *****  その日、春人の母は買い物で家を留守にしていた。春人は一人、家で留守番をしていた。  春人の父は春人が九歳の夏に病で死んだ。そして父の居場所だった書斎は、いつしか春人の遊び場になっていた。  母が出ていってすぐ、春人は父の書斎に向かった。壁一面が本棚で覆われていたその部屋は、読書好きの春人にとって夢のような場所だった。その日も春人は本棚を漁っていた。何か自分にも読める本はないかと探していたのだ。勝手に書斎に入ると母に叱られるため、春人がそれをできるのは母が不在のときに限られていた。  そのとき春人は、本棚の一番下の段にある本の奥に、妙な隙間があることに気が付いた。子供の目線の高さでなければ気付かないような場所だ。春人は興味本位で本を引き抜く。そこには意外なものが隠されていた。  春人はその黒い塊を手に取る。玩具と呼ぶには重すぎるそれは、子供の目で見てもわかる、本物の拳銃だった。リボルバーというのだと、春人は後になって知った。  春人は本を元の位置に戻し、拳銃を持って自室に向かった。鍵の掛かっている勉強机の引き出しを開け、中に拳銃を仕舞う。それはほぼ無意識のうちの行動だった。  その直後、家のチャイムが鳴った。春人はびくりと肩を震わせる。玄関に行くと、外から「宅配便です」という男の声が聞こえてきた。  春人は別段警戒することなくドアを開けた。そこには宅配業者と思われる制服の男が立っていた。手には大きなダンボールを持っている。男はにっこりと笑い、「宅配便です」ともう一度言った。春人は下駄箱の上に置かれていた判子を取るべく、手を伸ばす。しかし、それは叶わなかった。 「騒ぐな」  男はそう言うや否や、ポケットから出した折り畳み式のナイフを広げて春人の眼前に突きつけた。そのとき春人は瞬時に悟った。この男は宅配業者などではない、ただの強盗犯だ、と。  春人が後退するのに合わせ、男が家の中に入ってくる。後ろ手で扉の鍵を閉めたかと思うと、「おい」と低い声で言った。 「おまえは大人しく自分の部屋にいろ。警察や親に電話したらどうなるか、わかるな」  春人は二度頷き、言われた通り自室に引っ込んだ。男が土足で家に上がり込んでくる音がする。春人は意味もなくベッドの縁に腰掛けた。
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