犬と拳銃

5/24
前へ
/59ページ
次へ
 *****  コンビニのおにぎりで昼食を済ませ、春人はアパートに犬を残してアルバイトへ行った。その日は午後七時に帰宅した。料理だけはあまり得意ではないと犬が言ったため、夕飯は春人が焼きそばを作った。交代に風呂に入り、特にやることもなかった二人は早めに布団に入った。春人はいつも通りベッドで、犬は来客用の布団で寝ることになった。  電気を消してから三十分ほど経った頃、「春人」と犬が声を上げた。 「起きているか」 「ああ。どうした、眠れないのか」 「そっちに行ってもいいか」  いいと言う前に犬は布団からもぞもぞと這い出て、春人のベッドに乗った。渋々場所を開けてやると、犬は礼を言って布団の中に潜った。微かなシャンプーの香りが鼻に届く。  二人は揃って闇に浮かぶ白い天井を見つめた。犬は何故ベッドに入ってきたのだろうと春人は疑問に感じたが、尋ねる気にはならなかった。どうせまともな答えは返ってこないだろう。 「眠れないなら、羊でも数えたらどうだ」  春人が提案すると、犬は首を横に振った。 「数えていたら、途中で羊が狼に食べられたんだ。怖かったから、もう羊は数えたくない」  事実かどうかは知れずとも、子供のような言い草に、春人はちょっと笑った。顔に似合わず子供らしい一面もあるのだな、とやや意外に感じられた。  春人は笑いながら、別の案を提示してやる。 「蟻でも数えていろよ」 「嫌だ。昨日うっかり踏んだから、絶対に怒っている。悪夢を見そうだ」 「じゃあ、山羊」 「それじゃあ羊と変わらないだろう」  今度は犬が笑った。つられて春人も笑う。そのとき春人は、自分たちは気が合うのかも知れないな、と直感的に感じた。その瞬間を境に、いつまで続くかもわからないこの同居生活を、春人は前向きに捉えるようになった。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加