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コンビニのおにぎりで昼食を済ませ、春人はアパートに犬を残してアルバイトへ行った。その日は午後七時に帰宅した。料理だけはあまり得意ではないと犬が言ったため、夕飯は春人が焼きそばを作った。交代に風呂に入り、特にやることもなかった二人は早めに布団に入った。春人はいつも通りベッドで、犬は来客用の布団で寝ることになった。
電気を消してから三十分ほど経った頃、「春人」と犬が声を上げた。
「起きているか」
「ああ。どうした、眠れないのか」
「そっちに行ってもいいか」
いいと言う前に犬は布団からもぞもぞと這い出て、春人のベッドに乗った。渋々場所を開けてやると、犬は礼を言って布団の中に潜った。微かなシャンプーの香りが鼻に届く。
二人は揃って闇に浮かぶ白い天井を見つめた。犬は何故ベッドに入ってきたのだろうと春人は疑問に感じたが、尋ねる気にはならなかった。どうせまともな答えは返ってこないだろう。
「眠れないなら、羊でも数えたらどうだ」
春人が提案すると、犬は首を横に振った。
「数えていたら、途中で羊が狼に食べられたんだ。怖かったから、もう羊は数えたくない」
事実かどうかは知れずとも、子供のような言い草に、春人はちょっと笑った。顔に似合わず子供らしい一面もあるのだな、とやや意外に感じられた。
春人は笑いながら、別の案を提示してやる。
「蟻でも数えていろよ」
「嫌だ。昨日うっかり踏んだから、絶対に怒っている。悪夢を見そうだ」
「じゃあ、山羊」
「それじゃあ羊と変わらないだろう」
今度は犬が笑った。つられて春人も笑う。そのとき春人は、自分たちは気が合うのかも知れないな、と直感的に感じた。その瞬間を境に、いつまで続くかもわからないこの同居生活を、春人は前向きに捉えるようになった。
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