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二人は電車に二十分ほど揺られた後、バスに乗り継いで祭りの会場へと向かった。公園はすでにたくさんの人であふれ返っていた。満開の桜は噂通り華やかに咲き誇っており、満開の花は一枚、また一枚とその花弁をはらはらと舞わせ、春人の目を引いた。それは犬も同じだったようで、彼は公園を歩きながらふと立ち止まっては桜を見上げていた。
それから春人と犬は屋台でりんご飴を一つずつ買い、それをかじりながら園内をふらふらと歩いた。その途中、春人は犬に何気なく問いを投げた。
「犬はここに来るまでどこにいたんだ」
すると犬は実にあっさりと、「女の家」と答えた。
「でも追い出された。俺とセックスをしても愛が感じられないから、って」
「愛していなかったのか、その女のこと」
「ああ。ただ居場所を提供してくれる女としか思っていなかった」
その言葉が春人の胸を刺した。春人はいじけたように口を開く。
「僕のこともそう思っているんだな」
「思っていない。……って言っても、信じないって顔をしているな」
犬がからからと笑う。春人はまったく笑えなかった。犬は隣を歩く春人の目を真っ直ぐに見つめ、言った。
「春人のことは好きだよ」
それがどういう意味の「好き」なのか、春人は尋ねることができなかった。本当の意味を知ってしまうのが怖かった。おそらく犬の言う「好き」は、ペットが飼い主に対して抱く感情、いわば家族愛のようなものなのだろう。それは春人が犬に対して思っている「好き」とも、また犬に対して求めている「好き」とも異なった感情だった。
犬は春人との出会いを運命だと言った。その言葉は本当なのだろうか。そうだったらいいと、春人は臆面もなく思った。
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