愛するということ

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 そのとき春人は、引出しに仕舞ったばかりの拳銃の存在を思い出した。机に駆け寄り、引き出しの中から拳銃を取り出す。太っている部分を覗くと、きちんと弾が込められているのが見えた。春人はそれを後ろ手に隠し持ち、男の姿を探した。  男は書斎にいた。父の机の引き出しを漁っている最中だった。春人の存在に気付いた男は、「おい」と再び低い声を上げる。春人はすぐさま拳銃を見せた。  男から三メートルほど離れた位置で、男に銃口を向ける。男は鼻で笑った。 「玩具だろう」 「本物だよ」 「へえ、そうか。それで、おまえはそいつの使い方、わかるのか」 「わかる」  そう言って春人はハンマーを起こし、トリガーに指をかける。それは刑事ドラマで見た通りの拳銃の扱い方だった。  春人は拳銃を両手でしっかりと握る。男が息を呑むのが気配でわかった。ゆっくりと、男が両手を上げる。それもドラマでよく見る光景だった。 「やめておけ。暴発したら危ないぞ」  男が言うが、春人は聞かなかった。この男の言葉に耳を貸してはならないと思った。 「おじさんは悪い人?」  春人の問いから数秒、男は首を横に振る。しかし春人は確信していた。自分がこの状況をなんとかしなくては。この男をなんとかしなくては、と。  気が付くと春人は発砲していた。大きな銃声が室内に響き、春人は驚きと反動で尻餅をついた。肩が外れたのではないかという錯覚にまで陥ったほどだ。  目を見開いた男がそのまま後ろに倒れていく。その動作はスローモーションのようにゆっくりだった。  それから母親が帰宅するまで、春人は動かなくなった男の顔を見つめたまま、その場にしゃがみ込んでいた。
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