愛するということ

6/22
前へ
/59ページ
次へ
 *****  北見はその一連の事件の担当だった。そして北見の言った通りの理由から、春人は罪には問われなかった。代わりに春人の殺した男のほうが犯罪者のような扱いを受けた。幼い春人には、それがどうにも不思議に思えたものだ。  春人は自分を捕まえてくれと北見に言ったが、それは本心ではなかった。今更何を言っても自分が捕まることはないこともわかっていた。わかっていながら、春人はそれを口にした。それは北見に十年前の出来事を思い出させ、「自分たちは過去に知り合っているのだから無関係の人間ではない」という事実を突きつけるためだった。 「おまえはそのために……自分を捕まえてくれと言うためだけに、俺を誘ったのか」  春人は返事をしなかった。代わりにカップの中のコーヒーを飲み干す。刑事の勘とは鋭いもので、実際春人はそれを言うために北見を誘ったわけではなかった。徐に、壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は午前十時を五分ほど過ぎていた。 「まだお時間ありますか。具体的に言うと、あと二時間くらい」  春人はカップをソーサーに置いて言い、わざと欲情した目を北見に向けた。その言葉と視線の示す意味を察したのだろう、北見は呆れたように息を吐いた。 「おまえ、今いくつだ」 「四月の終わりに二十歳になりました」  春人が事実を述べる。北見は何事かを考えているようだった。  春人は自分が男受けのいい顔だということを自覚していた。相手がそのような嗜好の人間でなくとも、高確率で相手をその気にできる。それは春人の特技でもあった。  少しの間を置いて、「わかった」と北見は頷いた。 「その代わり、口外はするなよ。これはお互いのためだ」 「ええ、わかっています」  春人の返事を聞き、「よし」と北見はもう一度頷いた。それから北見の奢りで会計を済ませ、近くのホテルへと向かった。北見のためを思い、春人は受付をせずにそのまま部屋に入れるタイプのホテルを選んだ。部屋に入ってすぐ、北見は服を脱ぎ捨てて春人を抱いた。それが春人と北見の肉体関係の始まりだった。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加