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その日を境に、春人と北見はたびたび逢瀬を重ねるようになった。春人から誘うことのほうが多かったが、まれに北見のほうから連絡を寄越すこともあった。
六月も半ばになった日の夜、ホテルに誘ったのは北見のほうだった。行為の後、春人がシャワーを浴び終えて部屋に戻ると、北見はベッドの縁に座っていつものように煙草を吸っていた。
春人は北見の隣に腰を下ろす。煙のにおいと北見のにおいとが鼻に届き、春人はつい陶酔しそうになった。
北見はいつも同じ銘柄の煙草を吸っていた。春人には煙草を吸う習慣がなかったが、喫煙者とはそういうものなのだろうと考えた。
春人の視線に気付いたのか、北見はふっと微笑んで赤い煙草のケースを差し出した。
「吸ってみるか」
「いいんですか」
「もう二十になったんだろう」
そう言われ、春人は躊躇いながら煙草を一本引き抜く。咥えると、北見が煙草を口にしたまま顔を寄せてきた。煙草の先端同士を触れさせ、煙草の火を移す。少しして、春人の咥えた煙草の先に火が灯った。
初めて煙草を吸った春人は盛大にむせた。北見がくつくつと笑う。春人は意地で一センチほど吸ったが、もう煙草はしばらく吸いたくないと心から思った。
「来週の土曜、うちに来ないか」
唐突に北見が言う。意外な言葉に春人は目を丸くした。
北見には娘がいる。彼が言うには、今年で二十二になるらしい。そんな娘と鉢合わせては困るからと、春人は一度も北見の家に行ったことがなかった。行為をする場所は、決まってホテルか春人のアパートだった。
すると北見は、春人から顔を逸らして煙を吐き、口を開いた。
「娘が土曜の朝から友達と旅行に行くらしくてな。家にはいないんだ。どうだ、これなら安心だろう」
それを聞いて春人は納得した。なるほど確かにそれならば娘と鉢合わせることもないだろう。そうとわかると、「行きます」と春人はすぐさま返事をした。北見は顔を綻ばせた。
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