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有無を言わせぬ声遣いと、初めて呼ばれた名の響きに驚いて、芥の思考は停止した。
きっと芥が何を言っても、伊東の気持ちは固まっている。ここで駄々をこねていても、未来は変えられない。
それがわかった途端、堪えていた涙が抑えきれなくなって、芥は泣いた。いつものように声を押し殺して泣きじゃくる芥の目の前まで伊東はゆっくり歩み寄り、優しく彼女の頭を二、三度撫でる。
「こうなったのは、全部俺のせいなんだ。だから同じ過ちだけは、もう繰り返したくない」
「……先生の……せいじゃ……」
「……気付いてたんだ。少し前に、お前のことを妙に気にかけてる男が町にいたことに……けど、俺は何もしなかった。あの時ちゃんと調べていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
「……そうだとしても、先生は何も……悪くありませんッ」
泣きながら頑なに否定する芥を見て、伊東は力なく微笑んだ。
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