第十章 さようなら

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芥の母を、千里眼の存在を知る者が、まだどこかにいるということだ。しかし芥はその者達の顔も、居場所も知らない。もし江戸にいるとすれば、きっと母のときと同じように芥を利用しようとするだろう。 ーー出会ってしまえば争いは避けられないのに、心の奥底で、人を斬り、命を奪うことを怖いと思う自分がいる。抗えないとわかっていても、この先ずっと千里眼を利用しようとする人間から怯えて暮らし、最悪の場合排除しなければならない運命に、素直に従えない自分がいる。 そんな不安定な状態のままで、自分の身を守り切れると言えるのだろうか。 芥が自問している間にも、伊東との距離はみるみるうちに広がっていく。 「……せん……っ……」 芥は伊東を呼ぼうと声を振り絞るが、歪んでぼやけた視界から、彼の後ろ姿はもう消えようとしていた。 一度も振り返ることなく、別れを惜しむ時間すらも与えずに。 そこに戸惑いや迷いは微塵も感じられなかった。
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