さくらウイルス

10/11
前へ
/11ページ
次へ
今にも泣きだしそうな表情で。 それでも彼は、はっきりとそう言った。 それは、私の心を貫いた。 電子音が鳴りやむと、いつもの彼のふんわりとした声が聞こえてきて、私は思わず頬を緩ませた。 『どうだった?』 「……うん、やっぱり三か月だって」 薬指にはめた結婚指輪は、三年も経てば傷だらけで輝きも鈍ってくるけれど、彼への想いは未だに色あせてはいない。 『おおおおー、まじか!』 スピーカから割れる彼の激しい感嘆に、思わず声を立てて笑った。 「あ、電車が来る」 『僕も、今日はなるべく早く帰るよ』 彼は全てを包み込んで、それでもなお、私を淡い桜色に染めてくれた。 傷跡も、あの頃の黒い思いも、透かせばすべて見えるけど、柔らかく包まれたそれは、もう二度と私を鋭く突きさしてくることはない。 あの日、私が彼を通して感染したのは、さくらウイルス、とでも言うべきか。 感染力は控えめだけど、完治することのない不治の病。 「……なるべくじゃやだ」 電話越しでも、返事に困って慌てる彼の顔が目に浮かぶ。 「愛してるって、言って」 突風が、私の指先から桜の花びらを奪って空へ舞いあげた。 そこへ、黄色いラインの車体が滑り込んでくるのが見えて、私は立ち上がった。 『……してる』     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加