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今にも泣きだしそうな表情で。
それでも彼は、はっきりとそう言った。
それは、私の心を貫いた。
電子音が鳴りやむと、いつもの彼のふんわりとした声が聞こえてきて、私は思わず頬を緩ませた。
『どうだった?』
「……うん、やっぱり三か月だって」
薬指にはめた結婚指輪は、三年も経てば傷だらけで輝きも鈍ってくるけれど、彼への想いは未だに色あせてはいない。
『おおおおー、まじか!』
スピーカから割れる彼の激しい感嘆に、思わず声を立てて笑った。
「あ、電車が来る」
『僕も、今日はなるべく早く帰るよ』
彼は全てを包み込んで、それでもなお、私を淡い桜色に染めてくれた。
傷跡も、あの頃の黒い思いも、透かせばすべて見えるけど、柔らかく包まれたそれは、もう二度と私を鋭く突きさしてくることはない。
あの日、私が彼を通して感染したのは、さくらウイルス、とでも言うべきか。
感染力は控えめだけど、完治することのない不治の病。
「……なるべくじゃやだ」
電話越しでも、返事に困って慌てる彼の顔が目に浮かぶ。
「愛してるって、言って」
突風が、私の指先から桜の花びらを奪って空へ舞いあげた。
そこへ、黄色いラインの車体が滑り込んでくるのが見えて、私は立ち上がった。
『……してる』
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