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『どうしてわたしばっかり……』
彼のメガネの奥の目がきょろきょろと動き回り、何度か私を通過してようやく一瞬だけ私を捕らえた。
彼の空気感に、私はきっと重すぎて交われないんだ。
重く沈む水は私で、上へ上へと昇って行ってしまう軽いオイルは彼。
じっとしたまま動かずにいる私に安心しきったのだろう。
生あたたかい男の手のひらが、私の太ももにあてられた。
強張る私の両足の間に、男が自分の足をねじ込んでくる。
悔しさに唇を噛んだ。
涙なんか流したくないのに、私の意思とは裏腹に口の中に塩気がどんどん増してくる。
私は彼のベルトのバックルを、握りしめるようにして掴んだ。
もう耐えられない。
その時、電車が大きく揺れて、つんのめった彼の身体が私に覆いかぶさるようにしながら移動して、私と男を遮る盾のようになった。
ちょうど、彼と入れ違う形になった私は背中にイス、左にドア、前面に彼の身体に囲まれていた。
「いってえな、気をつけろ」
「すんません」
痴漢男の理不尽な罵声にもめげず、彼は目をこすりながら、何度も振り返って頭を下げている。
くしゃみにくしゃみが重なって、大忙しの彼に思わず私の頬も緩む。
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