さくらウイルス

5/11
前へ
/11ページ
次へ
張りつめた緊張感から解放された私は、さっきよりも濃い塩分が喉に引っかかっているのを感じて、一度放した手を再び伸ばした。 両方の手で、今度はボタンの外された背広の奥深くを迷うことなく目指して、ちょうど彼の背骨のあたりで両手を組んで、彼の胸に頬を押し当てて私は目を閉じた。 どくん、どくん、と彼の鼓動が早くなるのをその振動で感じながら、もう少し身体を寄せた。 熱くなってくる彼の体温の中にいると、聞きなれたレールのこすれる音がとても遠くに聞こえて、安心感と思いがけない心地よさを味わった。 マスクに隠れて彼の表情はまったくわからなかったけれど、 首筋と耳たぶが腫れあがったように真っ赤になっていて、彼の中でもこれは非常事態だと認識しているのが見て取れて、 平和な彼の日常の中に入り込めたような達成感も少しだけあった。 「……大丈夫?」     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加