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午後を過ぎ、日はもう落ちるのみ。
尾下砂(おげさ)高校、通称バス高の生徒は、ある者は部活動に励み、ある者は帰路へと急ぐ。
普段ならば後者であるはずの1年2組の男女数名が、SHR終了後に再び各々の席に着いた。
部活生の活気溢れる掛け声や混ざりあう金管楽器の演奏とは別に、ここにはシンと静まる音があった。
延々と続くかのように思えたその音を、黒板の前に立ち教卓に両腕をつく男子生徒、高田守(たかだ まもる)が遮る。
友人の殆どに親しみを込めてマモルくん(笑)と呼ばれている。
「俺が話す内容については知ってるな?」
皆は静かに、しかし強い意思を持った瞳をして頷く。ただ一人を除いて。
「…………」
彼はただ分厚い本を読んでいた。
完全に帰るタイミングを逃してしまった可哀想な男子Aである。
だが、Aは真剣な空気に呑まれることなく、淡々と本を読み進める。
誰も彼を気にせずに、マモルくん(笑)の話に耳を貸す。
「明日、俺たちの仲間ウサギっちが誕生日を迎える!」
静かだがどこか力のある声は静かな教室に響き渡る。
ウサギっちこと田中さとしは、天から授かった特徴的な前歯のおかげで可愛らしいアダ名をつけられてしまったシャイな男子である。
「あいつが今までしてきたことを覚えているな」
マモル(笑)は集まった友人たちを一人一人確認するように見渡しながら言った。
「ココにいる全員を!あいつは、産まれてきたことを祝ってくれたはずだ!」
皆、口の端をキュッと引き締めた。
それと同時に、紙を捲る音がする。
「俺らは、あいつに救われた………!」
彼らは拳を握りしめ、涙ぐみ、口を覆って左下を見つめた。何かしらの事情があるかのように思える。特にないが。
Aは再びページを捲った。
「わかるはずだぜ、ここまで言えば……」
(笑)は硬く握った右の拳を振り上げて叫ぶように、
「ウサギっちの誕生会開催だあああああああ!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!」
「俺、帰るわ」
Aは本をバタンと閉じた。
皆は、明日な~、休むんじゃねえぞ、今日のことは誰にも話すなよ~、などなど、見送りの言葉をいつもの三倍送る。
Aは二言三言返して、扉を開き、そして振りかえることなく廊下を歩いていった。
「田中の誕生日まだだけどな」
衝撃の一言を残して。
※三ヶ月後、ウサギっちは盛大に祝われたのでした。
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