第5章 手のひらの中で遊ぶ

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加賀谷さんは何処か少し安堵したような、肩の荷が下りたような和らいだ表情でわたしに目を向けた。 「大丈夫、あまり深く思い悩まなくていい。こんなことはいつまでも永遠に続く訳じゃない。こういう極端な行為はいつか憑き物が落ちたみたいに急に飽和点に達して、ある日突然必要なくなることが多いよ。どれくらい時間がかかるかは個人差があるとは思うけど。夜里にもきっとすっきり気が済んで、何であんなことしたくてたまらなかったんだろう、って首を捻りたくなる時が来るよ。遅かれ早かれバケツに溜まった水がいっぱいになって溢れ出て、もう一滴も入らなくなるもんなんだ。経験者が言うんだから間違いないよ」 少し身体に力が入るようになってから何とか起き上がり、マネージャー控室に備え付けられたシャワールームを借りて全身の汚れを洗い落とす。さすがにあんな数々の行為のあと、そのまま家に帰る気はしない。 バックヤードには女の子たちが使うためのシャワールームが当然完備されているが、わたしは時々こっちを使わせてもらうことがある。加賀谷さんは夜も昼もない生活なので、クラブが終わったあともここでそのままPCで仕事を続けて泊まり込むこともあるらしい。 それでこんな設備が付いてるみたいなんだけど。熱いシャワーに心と身体をなぐさめられながら、ここでこんなことしてるから彼女だとか言われるのかな、と頭の中をそんな考えがよぎる。 もしかしたらいつも最後にここで彼として、そのあとシャワーを借りてると皆思ってるかも。ってことに遅ればせながら気づく。あまりにも彼との関係に性的なカラーがないので自分では脳裏に全くそんなこと思い浮かばず、知らずしらずのうちに不用意になってたかもしれない。 上がって身体を拭き、身なりを整えて浴室を出る。化粧はもうしない。車で家まで送ってもらうだけだし。加賀谷さんにすっぴんを見られても全然気にならない。 もっとすごいものを常日頃から見られてるのに、今更そんな表面だけ整えてもさ。多分わたしの評価を向上させる効果はこれっぽっちもないと思う。 彼は内線相手に何かやり取りしていたところだった。受話器を置き、わたしの方を見て告げる。 「タクシー来たぞ。もう出られる?忘れもんないか」 わたしは頷いて問い返した。 「今日は車じゃないんですね」 車で出勤して来たときは彼が自分で運転して送ってくれる。無表情に肩を窄めて答えた。
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