第5章 手のひらの中で遊ぶ

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本当に心の底から憎たらしい。突慳貪に言い返しながら胸の内に軽く隙間風が吹き抜けた。 ていうことは。ちゃんと好きな人で、そういうことする相手もいて。普通の幸せな生活を送ってるのかな。 なんか取り残された気分。まぁわたしと違って、この人はたまたま身内と友達のせいでこんな事業に巻き込まれただけで。本来こんなセックス絡みの仕事に関わるような人じゃない。わたしなんかと違って健全な、真っ当な人間なんだ。 どっかで何かを共有してる仲間みたいに思ってる方がそもそも間違いなのかも…。 やや落ち込んだわたしの空気を読んだみたいに加賀谷さんは明るい、励ますような声で言った。 「大丈夫だ。夜里だって絶対いつか誰かを好きになれる。ていうかな、そういうことから綺麗さっぱり身を遠ざけて一生逃げ切れるって思い込んでるとこが甘いんだよ。そんなのガキの楽観的見通しに過ぎないよ。いざそうなったらセックスの悩みなんか一遍に吹っ飛んじゃうと思う。それどころじゃなくなるんだ。…それくらい強烈な事故か災害みたいなもんだから。今まで恋愛なんかにかかずり合わなくて済んでたのはむしろラッキーだったくらいに思うかもしれないよ」 ふん、だ。 「そうですか…、ね」 何となく釈然としない思いで車窓の外に視線を逸らした。年長者気取りでわかったような口利いちゃってさ。 でも。内心で不貞腐れた思いが声にならない呟きになる。 甘いのはどっちかわからない。この人こそ、わたしが普通の女の子みたいにいつかは誰かに恋をするって決めつけてるみたいだけど。 わたしの屑っぷり、もしかしたら彼の想像を遥かに超えてる可能性だってあるよね。この人のデータにない人間だってこの世には絶対存在する。一生かけても恋愛感情なんか体感する機会もない奴がいたって別におかしくはない。 それが他ならぬわたし、ってことだって。…うん、全然あり得る。 でも。それもまあよし。わたしは今ひとつ力の入らない上体が車の揺れで加賀谷さんの方にもたれ掛からないように背筋に気合いを入れ直して考え続けた。彼の言ってたことでひとつだけ、本当に信じられることがある。 恋愛なんか交通事故か天災としか思えない。そんなものに乱されたくはない。乱交セックスはわたしの心までは触れない。なければ死ぬって訳でもないし。ただ始まってしまえば拒めなくなるってだけ。欲しくて我慢できないほどのことでもない。
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