28人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は目線をパソコン画面に走らせたまま器用に肩でソファを指し示した。クラブの施設内では珍しい背凭れのある普通の長椅子。
「これ一段落したらお前の家まで送ってってやるから。それまでそこで横になって休んどけ。どうせまだ足腰に力も入んないだろ。…君たちはもうここはいいよ、持ち場に戻って。まだフロアに会員さんいっぱい残ってるだろ?」
大柄な子が背筋をぴしっと伸ばして答えた。
「はい、恐らく。先ほど到着されたばかりの会員様が何人かいらっしゃいましたし。男性も女性も」
「週末前から元気なもんだな。明日の金曜は更に盛況になるんだろうし、ちょっとそこは気を引き締めないとな。…あ、出てく前にこの子に毛布出してやって、そこの戸棚から。…さっきも言ったけど今日はこいつ俺が送ってくから、そっちの心配は要らないよ。ご苦労さんだったね」
ここが引けたあと、基本女の子を一人で帰すことはない。変な気を起こした男性会員に待ち伏せされたり跡を尾けられたりってことが絶対ないって断言できないので。普通は黒服の子が車で手分けして送っていくけど、わたしに関しては普段から加賀谷さんが送ってくれることが多い。
はい、としっかりした返事をして彼らは二人して棚をごそごそと探りわたしに毛布を持ってきた。頭の下にクッションを添えて丁寧に横たえ、毛布を掛けながらわたしにしか聴こえない小さな声で囁く。
「…やっぱなんか他の子に対してと違うよね、気遣いが。実は付き合ってんじゃないの?」
わたしは目で肩を竦め(どんな状態か)、何も答えなかった。もしかしたらだけど、そう思われるなら思わせておいた方がいいのかも、とちらと考えたので。
黒服の男の子たちも男性会員の皆も親切で優しいけど、それでも寄る辺ない弱い立場と見られるよりは後ろ盾があると推察されておくに越したことはない。
失礼します、の声と共に二人はドアをぱたんと閉めて出て行った。わたしは毛布を顎の近くまで引き上げて身体を丸めた。背凭れのしっかりある長椅子は腰掛ける分にはいいけど。横たわるには何となく窮屈だ。
それでもここが結局一番身も心も休まる。バックヤードの休憩室に男性会員が顔を出すことはないけど、黒服は普通に出入り可能だ。力なく横たわってなんかいたらまた変な気を起こす連中にちょっかい出されないとも限らない。
さすがにも一回やられたら死んじゃう…。
最初のコメントを投稿しよう!