第5章 手のひらの中で遊ぶ

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「こういうことをいきなり言われると驚くかもしれないんだけど」 今日はパソコンを鞄から出していない。テーブルの上で手を軽く組み、波のない声で一応そう前置きしてから単刀直入に切り出した。 「夜里がよければだけど。ここを卒業して、次のステージに進む気はないか。今までより安全で管理が行き届いた場所だし、会員のレベルも高い。それなりの待遇も用意されることになる。…君なら適性が間違いなくあると思うけど」 わたしの脳は数秒間フリーズした。単刀直入かもしれないけど、惜しむらくはちっともわかりやすくはない。 「よくはわからないんですけど」 わたしはしばし考え込んでからやっと訊きたいことを整理して口を開いた。 「こことは別にこういうクラブがあるってことですか。…そこもこういう、趣味の人たちが自分を解放する場所ってこと?そっちの会員にならないかって意味ですか」 「そう。さすが飲み込みがいいな」 再び口を噤む。そんなとこ感心されても…。 彼は感情を差し挟まない声で淡々と説明を始めた。 それによると、元々自然発生したこのサークル乗りのクラブから発想を得てこの部屋のオーナー、つまり加賀谷さんの叔父さんがそこを立ち上げたとのこと。その方の人脈で集まった男性の会員たちは皆社会的地位や名声があって、普通の風俗では体験できない刺激的なセックスに関心のある方々。立場上問題になるようなややこしい素人の女の子を相手にする訳にもいかず、後腐れと面倒のない気楽な遊びを求めている人たちが厳選されて参加しているとのこと。 「彼らはプロフェッショナル相手のセックスにさほど興味がない。高度なテクニックや感情の機微が行き届いた接客なんかより、これが大好きでしたくてたまらない、愉しみのために自分から相手を求めてやってくる普通の女の子たちとの接触が欲しいんだ。でも、そういう女の子を自分で見つけるのは容易じゃないし、変なのに当たれば自分の社会的地位を損ね兼ねない。それで法外な会費を払ってそこのメンバーになりたがる訳だ」 中には顔が世間に知られていて滅多なことでは羽目も外せない方々もいるとのこと。 「そういう場所だから、口も固くて信用の置ける人物じゃなきゃ会員にはなれない。女の子は相手が芸能人や会社の社長だと思うと目の色を変えて個人的な関わりを持とうとするようなタイプも絶対駄目だし。その点夜里、そういうの全然興味ないだろ」
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