0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は玄関に立ち、部屋を眺めていた。
そこには朝の光以外何もなかった。
「おじさんって、家具とかそういうの置かない人?」
声は外廊下からだ。
いつかの隣室の娘が顔を覗かせていた。
制服姿だった。
「俺はここから出て行く」
「ふーん。けど、あれはどうしたの?ほら、咳で人を殺すってやつ」
「中止になった」
娘はケラケラと笑った。
「なーんだ、残念。ま、最初から嘘だって知ってたけど」
「嘘ではない。なぜなら、俺は--」
「『死神の鎌だ』、でしょ?じゃあね、おじさん。いつか、おじさんの咳で私を殺しに来てね」
娘は白いシャツから伸びる腕を上げ、手を振った。
そして、エレベーターに乗り込んだ。
俺は死神の鎌だ。
右肺に凶悪なウィルスを飼っている。
弁を開き、咳一つすれば、死体の山が積み上がる。
しかし、この先、この街で咳をすることはないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!