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男は、月の光に反射して池に浮かび上がった、自身の白髪と紅い瞳をぼんやりと眺めていた。
顔にはべっとりと真っ赤な血液が塗りたくられ、何時からか呼ばれるようになっていた己の通り名を連想させる。
先刻の喧騒が嘘のように、森の中は空虚のような静寂が広がっていた。
チリンと、鈴の音が鳴る。
足元にはすっかり小さくなってしまった相棒が、首に付けた鈴を控えめに揺らしながら黒い身体を擦り寄せてくる。
『穢れたタマシイを、キレイにしてきたら、アナタの大切なモノを、解放してアゲル』
蒼髪の魔女はニタリと笑って、男の胸に人差し指を突きつけながらそう告げた。
男がこの世で最も憎みながらも憧れを抱くという矛盾の感覚を持つ空の色をした髪と瞳の美しい女であった。
魔女は男にとって命にも代え難いモノを奪った。
否、無理矢理に奪わせた。
そして狼狽する男に対して、気まぐれな『提案』をする。
「キレイにするって、いったい、どうしたら良いんだろうね.....」
視線を池に浮かぶ自身にやったまま、男は呟く。
足元の相棒が一つ溜息をついた。
「分からねぇけど、天使族とか高貴なお方共は善行を積むことが魂を浄化する道に繋がるって説いてやがるっつー話を聞いたことがあるぜ。ホントかは.....分からねぇけどな」
善行、と男は繰り返す。
今まで彼が歩んできた道はそんなものとは程遠い。
生きるために他に術がなかったとはいえ、仕方ないで済まされる以上の行いを男はしてきたのだ。
違法な魔術や取引に進んで手を染め、罪のない者を殺し、弱者から奪い、魔女の言葉通り己の魂はこれでもないかというくらいに穢れきっている。
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