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男に言い渡された期限は3年間。
長いのか短いのか、それすらもよく分からなかった。
「良いことをして回るのなら、笑顔でいなければいけないよね」
そう呟くと男は、血塗れの両頬に手を当て力を込めて押し上げる。
真一文字に結ばれた己の広角がみるみる上がっていくのを確認すると、足元の相棒に顔を向けて言った。
「どうかな、僕は、笑えている?」
相棒は言葉を失う。
真っ赤な血でぐちゃぐちゃの顔、光を失った紅い瞳、口元だけが歪な三日月の形をしていた。
だけれどその抑揚のない声色から察するに、男は気づいていないのだろう。
その瞳から、絶え間なく零れ落ちる水滴を。
感情表現の乏しい男が恐らくは生まれて初めて流したであろう雫を。
「ああ.....そうだな。まだクソ下手くそだけどよ、いいんじゃねぇのか」
「クソ下手くそか。顔の筋肉をうまく調節すればその内慣れるかな。まぁ、それは旅をしながら何とかしよう」
「あー、それからよ、その棒読み口調もどうにかしろ。今後他人との接触も避けられねぇだろうし、親しみのある奴じゃねぇと信頼されねぇぞ」
応えるように男は歪な笑みを貼り付けたまま頷いた。
そして夜空に浮かぶ満月を見上げてからゆっくりと立ち上がる。
辺りを伺っても、既に蒼髪の魔女の気配は欠片も残っていなかった。
「行こう」
強く、決意をした声。
微かな希望を見つけた男の瞳には、僅かながらも光が戻りかけていた。
「おっと、まずは顔と服を何とかしとけ。んな血塗れじゃあ逃げられるぞ」
「ああ、それもそうだね。顔はここで洗って。服は変えがあったはずだから、逃げる時に落とした荷物を探そうか」
男と相棒は歩き出す。
己の今までの人生を捨てて。
奪われたものを取り戻すために。
終わりを、始める。
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