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忘れ去られた水の神
カラシワと呼ばれる村から数分程離れた場所。
森深くにある湖の畔に、白髪の若い男が一人佇んでいた。
「んー、今日も来なそうだね」
ぽつりと男が呟く。
湖を覗き込むと、透き通った水面に夜空と口角の上がった穏やかな表情をした己が浮かんだ。
その顔を擦りながら、未だに慣れやしないなと男は心中で思う。
辺境の村で幽霊騒動が起きていて祓い屋を探しているらしいと情報屋から聞いて訪れてみたが、すでに三日が過ぎてもその幽霊とやらは現れなかった。
そもそも自分は幽霊を始末することを生業としている祓い屋ではないけれど。
早急に何とかしてくれるなら何でも構わないという村長の勢いは何処か不自然にも思えた。
直後、ガサリと背後から茂みを掻き分ける音がする。
振り返ると、真っ黒な体の小さな相棒が自慢の長い尻尾を力なく垂らしてトコトコと歩いてきた。
首に下げた鈴の音が相棒の動きに合わせて夜の森に響き渡る。
「首尾はどうだ?、ギル。俺っちの方は変わらず何の収穫もないぜ」
ギルと呼ばれた白髪の男は肩を竦めて苦笑いをした。
その動作で察したのか、相棒は一際大きな溜息をつく。
「オレっち、猫なりに鼻は効くけどよ、遺留品はこの辺りには何もなさそうだし血の匂いも残ってねぇなあ。ホントに此処で殺されたのか? 奴さんはよ」
「どうかな。この湖に沈んでるとか。アルフ、水の中は潜れない?」
ぴょこんとギルの肩に乗った黒猫アルフは、「とんでもねぇ!」と大袈裟に耳元で叫んだ。
「猫だっつってるだろギル! 猫は泳げねぇよ阿呆が」
「そっか。まぁ、原因を解明してほしいとも遺体を探してほしいとも言われてないし、最悪仕方ないよ。僕らが任されたのは幽霊退治だしね」
にっこりとした表情から繰り出される素っ気ない返事にアルフは再び深く溜息をつく。
こうしたやり取りを繰り返す度に、結局のところ彼の本質は変わりようがないのだろうと思い知らされるのだ。
しかしそれを本人にどう伝えたらいいかは、所詮この人間の使い魔にすぎない己には考え至らない部分ではあった。
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