第一章 名刺

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その名刺は玄関扉のポストの底に、大量に投函された案内チラシや広告用紙に紛れるようにして入っていた。 偶然、見つけたと言っていい。 大量のチラシと広告でポストがパンパンになっていて、いい加減に捨てるか…と軽い気持ちで束になった紙をポストから出した時に、ひらりと落ちた物だった。 その小さな紙を拾った時、どうせデリヘルとかの紙なんだろうな…と思った。 思いながら、紙を見て、自然とそこに書かれた内容に目が釘付けになった。 骨董屋…店内、別店舗にて除霊もします。両件、お気軽にお問い合わせください… 慌てて、紙を、改めて見直す。そこに電話番号を見つけ、とにかくかけたい衝動に駆られた。 その名刺サイズの紙を見つけた時は偶然のイタズラだと思ったが、この瞬間、運命を感じた。 背後を振り返りたがったが、振り返る事が出来なかった。 そこに立って、私を見つめている事がわかったから。 死んだ私の双子の妹が。 私には子供の頃の記憶がない。 両親に甘えた記憶もなければ、怒られた記憶もない。学校に行った記憶もなければ、友達と遊んだ記憶もない。 22歳以前の記憶が全くない。 記憶喪失の原因は車の事故で頭を強く打った事なのか?それとも、その事故が原因で家族を失った事によるショックが原因なのか? 目覚めた病院のベッドの上で、看護師から「石井さん、体調はどうですか?」と聞かれた時、誰に聞いてるんだろう、と看護師を見つめ返しながら思った。 今でも鮮明に覚えてる。 看護師は同じ質問を繰り返し、私が「石井さんって誰ですか?」と聞き返すと表情が微かに変わった事を。 そして、私は記憶を思い出す事なく、病院を退院した。 周りの病院スタッフが慌てる中、まるで自分の記憶喪失を他人事のように感じながら入院生活を送った。 私を担当してくれた先生は、私の記憶が戻るよう色々と努力してくれたが私の脳はそれに答える事はなかった。 それよりも入院生活でどうにも気になる事があったからだ。 死んだ人間が見える事。
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