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隣の病室の中村というお爺さんが亡くなった後、部屋が空いたはずなのに、その病室を出入りする患者がいて不思議に思った。
その部屋は個室だからだ。
すぐにうまった形跡もないのに、出入りする人影。
好奇心に駆られ、その人影に声をかけてみると…。
振り向いたその顔は、亡くなった中村のお爺さんだった。
そして、気付いた。
自分の周りにいる半分の人間は死んだ人だと言う事を。
余りにも鮮明で、ハッキリとしていて、
その人達が幽霊だと言う事に気付けなかったのだ。
こうなると自分の記憶喪失など些細な事のように思えた。
家族の写真を見せられても、隣のベッドで腰掛けている人間が実は患者ではなく幽霊だと気付いてしまえば、そればかりが気になって写真は紙切れに等しかった。
友達という人達が面会にも来てくれたが、その友達の中に幽霊が混じっていれば、誰が本当に友達なのか?わからなくなってしまった。
そう…自分の記憶は戻る事なく、幽霊という存在を受け入れるのだけで精一杯だった。
1度だけ担当の先生に幽霊が見える事を相談したら、精神科にまわされた。
精神科の先生に上手く言い訳しながら、内心は諦めの境地だった。
この境遇を受け入れて、生きていくしかないのだと。
記憶が戻らないまま退院の許可が下りると、私はさっさと病院をあとにした。
幽霊が多くいる病院にウンザリしていたからだ。
かつて自分が住んでいたとされる家に帰ってみたが、記憶は戻らなかった。
家族4人で暮らしていた、比較的新しい一軒家。
父親と母親と妹と、私が、暮らしていた家。
家の中を時間をかけ散策したが、なんの感情も浮かばなかった。
家族4人で写っている写真を見ても、何も心に浮かばなかった。
自分の部屋だろうか?それとも妹の部屋?女の子らしい淡いピンクと白で統一された部屋に入り、棚に並んでいる本を適当に一冊とりパラパラとページをめくってみる。内容に覚えはなく、また内容に対しての好奇心もわかなかった。
改めて棚に並んだ本を見つめ、この部屋は私の部屋じゃないという気になる。
編み物の本を手にして、それは確信に変わった。
全く興味がわかない。私に編み物の趣味はない。
本を棚に戻そうとしてページの間から1枚の紙切れがヒラリと床に落ちた。拾って見てみると、それは写真だった。
1人の男性が写っていた。
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