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二十歳ぐらいだろうか?優しそうな印象の男で、柔らかな笑みを浮かべている。首にはいかにもという感じの青の手編みのマフラーを巻いていて、この本を読んで編んだのかなと思った。
写真をまじまじと見つめたが、やはり何も思い出せない。
写真をページの間に挟み、本を棚に戻そうとして、何かが心に引っかかった。
だが、それが、何なのか、わからない。
写真を再び手にして上着のポケットに入れようとして…。
その気配を感じとった。
入院している間に何となくであるが気配を感じとれるようになった。
いや、生きている人間との区別がつくようになった?
顔を上げ、気配の先に視線を送り、凍り付いた。
両手で思わず口を覆っていた。
写真が床に落ちたが、視線をそらす事が出来ない。
両親が立っていた。血だらけで。
写真で見た。
事故で死んだ私の両親。でも記憶にない。
記憶にないからなのか?懐かしいという感情も、嬉しいという感情も、悲しいという感情も、わかない。
ただ、湧き上がるのは恐怖。
今まで幽霊を見ても不思議と怖いと思わなかった。血を流し、中には肉が腐り、ゾンビみたいな幽霊を見ても、普通だった。それが何故なのか?わからなかった。
でも、今なら、その理由がわかる。
彼らは、私に対して、恨んでいなかったから。憎んでいなかったから。
でも、今、目の前に立つ両親は私を恨んでいる。憎んでいる。
この後の事はよく覚えていない。ただ逃げるように家を飛び出した。覚えのない道を走り、そのうち疲れて歩きながら、でも背後を振り返る事はけしてしなかった。
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