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名門でも強豪でも無い上に、コーチも居ないうちの部で、本気で勝てると思ってるの?
だけどその内、小宮に感化されたのか、加代が練習に集中し始めた。
つられる様にして、加代のペアも集中し、負けると悔し泣きまでし出した。
「小宮菌」
初めてそれを口にしたのは、確かこの辺だった。
面白く無かった。
土に汚れて、日に焼けて、汗でベトベトになって、何になる?
お遊びの部活が楽しかった私は、そんな風に呼んでは、バカにして部員を引き戻そうとした。
ところがある日。
嫌々付き合わされたサーブ練習で良いサーブが決まった時、思わず小宮とハイタッチした。
不思議とそれは、サーブが決まった時より、もっと嬉しい気持ちにさせた。
不本意ながら、少し、小宮の熱血を好ましく思い始めていた。
でも、認めるのは何だか癪で、頑なに小宮菌と呼び続けた。
なのに他の部員がそれを口にする時、嘲りではなく尊敬や誇らしささえ浮かんでいた。
小宮はそれを、それはそれは複雑そうな顔で聞いていた。
一人、また一人と小宮菌に感染していく中、私は最後まで反発していた。
「私は絶対、引退試合でも泣いたりしない」
それが感染を否定する、唯一の方法。
「あーあ。感染しちゃった」
私たちは顔を見合わせた。
大学では、テニスはしない。
学費を稼ぐ為に、バイトをしなくちゃならないから。
もう試合に出られない事が、こんなにも苦しいなんて。
そして、一緒に涙する事が、こんなにも温かいなんて。
「ありがとう」
小宮が、ちょっと目を見開いた。
みんなが、はっと息を飲んで、静かに見守る。
「うん」
小宮の目に、また涙が浮かぶ。
「うん……っ」
私は、この先一生、この笑顔を忘れないだろう。
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