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ラケットが。
「私っ、まだ、コートに立っていたい……! テニス、してたいよぉーー!」
「百合子ちゃあぁん!」
もう尽きたと思った涙は、まだまだ在庫に満ちていたらしい。一向に止まる気配が無い。
小宮が泣いた事も、それに拍車を掛ける。
私の知る限り、小宮が人前で泣くのは初めてだ。
私たちは、抱き合ってわんわん泣いた。
今日、私たちは、テニス部を引退する。
「ごめんねぇー! 私のせいでっ、私なんかと組まされたせいでっ」
最後の、届かなかったボールを思い出す。
ほんの数瞬、出遅れた。それが、致命的だった。
何度も何度も繰り返される、ボールがラケットの数センチ先を通り過ぎるシーン。
胸が張り裂けそうだった。
「そんなっことっ、……ない!!」
嗚咽の間に、力任せに叫んで、小宮は私の目を見据えた。
「あたしは、百合子ちゃんと組めて良かった! 百合子ちゃんと組めてっ! 良かったよ!」
「ーーこみっ……」
心配して探しに来た後輩たちに見付かるまで、私たちはひたすら泣いていた。
「先輩も、ついに感染しましたね」
貰い泣きした後輩が、悪戯っぽく笑う。
シートを片付けていた加代が、赤い目元をニヤリと細めて笑う。
「小宮菌」
加代も、今日で引退だ。
きっと、別の場所で泣いていたんだろう。
「あ、ひどーい! その言い方止めてって言ったのに」
ぷくっと頬をふくらませて、形ばかりの抗議をする小宮。
初めは嘲り呼ばわっていたそれに、尊敬の色が混ざり始めたのは、いつ頃からだったろう。
高二の途中で転入して来た小宮。
それまで一、二年しかいなかったテニス部は、テニスよりオシャレの方が大事だった。
引退した先輩たちが、ファッション部と揶揄していたっけ。
私たちは、それで良かった。
むしろ、男みたいに真っ黒で、野暮ったい先輩たちのやっかみだと、せせら笑ってさえいた。
そんな私たちにとって、突然現れた小宮の熱血は、鬱陶しいばかりだった。
キョーシかよ。
私たちは、小宮を嗤った。
試合に負けても、私たちは平気だった。
そりゃ、勝てるならそれに越した事は無いけど。
大して練習もしていないから、負けて当然くらいに思っていた。
でも、小宮は違った。
唇を噛みしめて、細い肩を震わせて、必死に涙を堪えていた。
バカだと思った。
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