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父親はあなたに告げる。自分だってしたくてこのような悪趣味に走るわけではないのだ、と。
生命を擲つのは人としてもっとも恥ずべき愚行である、と。その愚を一度ならず二度までも犯そうとしたあなたは救いようもない愚者である、と。言ってわからぬならその身に刻みつけるまでだ、と。
父親は彫刻刀を手にしていた。父親は女中にもこれを見学するように言いつけていた。あなたが眠剤を飲むのを念入りに確認しなかったせいだと罵っていた。
これまでとくに意識して眺めるようなこともなかったが、こうして改めて見ると女中はほんとうにただの女のように見えた。陽光のもとならば化粧っ気のない中学生に見え、室内の蛍光灯のもとなら子育てに疲れた四十前と言われても信じられた。
地下室の頼りない明かりのもとでは両方が混在している、幼い怯えと気の重い疲れがある。
あなたは同情のような感情を覚えている自分に気づき、動揺していた。
無理もない、と思いなおす。自分はこれからひどい目に遭うのだろうから、気だって迷うものだ。
作業は突然に始まった。
左手の甲にV字の刃が潜った。
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