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與止日女命(よどひめのみこと)
国さんと私はやっと少し打ち解けてきただろうか。
高天ヶ原の空気にも慣れてきた。
先程までの私の顔色を伺うように漂っていた違和感は消えていた。
「そろそろですね。降りましょう」
「あっ、どうしたら……」
慌てる私を外に国さんはニコリと笑い、光に包まれる。
朝日のように目を覆い、頭にまで注がれるような強襲感に瞼を閉ざした。
「蒼様、着きましたよ」
瞼を開けると、そこは光射し込む森林の中。
鳥の微かな囀り(さえずり)と、木々のさわさわという摩擦音はまるで子守唄のような心地よさをもっていた。
「わぁ。清らかな場所ですね」
「そうですね。紅丸らしい場所です。人の気配はなさそうですね」
あたりを見渡しても、あのわかりやすい赤髪はどこにも見えず、どこまでも枯れた木々と、枯れた紅葉などが入り交じり、秋冬らしい乾いた風情を醸している。
「紅…紅よ。聞こえますか」
国さんはおもむろに呟き始めた。
紅丸を呼んでいるようだが、弱々しい声。
神の力でどこまでも聞こえるようになっているのか。
弱々しい声は繰り返されて、森の静寂にのまれていく。
するとなにもない空間からスッと紅丸が現れる。
「わっ!?」
真の抜けた声が漏れる。
その声に気付いてか、紅丸もこちらを目を細めて、見る、見る、見る。
「…蒼?」
小さく呟いた後、思い出すように膝をつき、頭を下げた。
「母上様、お役目、しかとこなしております」
「頭を上げよ。貴方の働きはよく知っています」
そういう二人ははたから見ると家族というよりは主従のような、固さをもっていた。
が、ただの形式だとすぐに理解する。
神の世界にはこういうお堅い挨拶が存在するようだ。
「それにしてもなぜ蒼と母上様が?」
「蒼様は貴方の"供"となります」
そう、私は友となる流れでここにいる。
「供ですか?かなりいきなりで理解できませんが、説明していただけるのですか?」
「もちろんですよ」
ニコリと可憐に笑う国さんに対して、訝しげな表情の紅丸。
たしかにいきなり友と言われても戸惑うだろうが、友などそんなもので、約束や形式などなく、いつの日やら友になる。
そんなものだ。
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