甘い誕生日

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「ちょ、おい、大丈夫? 具合悪いの? 病院に行くかい?」  男性の大きな手が背を擦る。その手の動きに、僅かだが気分が落ち着いていく。 「だ、大丈夫です。病院も……いいです」  でも、落ち着いたといっても嘔吐が治まっただけ。呼吸は乱れたままで、嘔吐による虚脱も激しく、僕は身体を側にある建物に寄りかからせている始末だ。だけど、病院には行きたくなかった。僕は持てる力で首を横に振り拒絶した。 「全然、大丈夫じゃないだろ。でも、病院が嫌って……じゃあ、取り敢えず僕の部屋で休もう」  ただ事ではない様子に、彼も焦ったのだろう。僕の返事を待つことなく、男性は僕をお姫様抱っこで抱えあげ、側の建物へと連れ入ってしまった。  男性は建物の一室に入るなり、汚れた僕の服を着替えさせるなどし、ベッドに寝かせてくれた。その手際の良さに感銘を受ける余裕もなく、僕は誰とも知らない人のベッドの上で重い身体を横たわらせていた。 「ちょっと外に行ってくるけど、君はゆっくり休んでるんだよ」  そう言い、彼は僕の頭を撫で部屋を出ていった。  知らない部屋に取り残され、嫌な静けさが辺りを包む。不安が駆り立てられる状況にも関わらず、不思議と落ち着いていた。もちろん、倦怠感も気分の悪さも残っている。それなのに、ちょっとだけ心地よい気分もあった。 「あの人の手、なんだか……」  妙な落ち着きを感じながら、僕は身体を休めるために目を閉じた。
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