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3 ステンドグラスとジャズ
僕と彼女の前にコーヒーと水が置かれる。
あのまま別れるのもなんとなく気がひけて、僕は彼女と近くの喫茶店に入った。
薄暗い店内に静かなジャズ。
今どき珍しく、窓には鮮やかな色のステンドグラスがはまっていた。
彼女の白い肌にステンドグラスの色が映る。
どこかの絵画のように彼女は美しく見えた。
僕が置かれたコーヒーを飲むと、彼女も同じように水に口をつけた。
僕が飲み物をすすめると、味のある飲み物は苦手なのだと言った。
「すみません、僕全然覚えていなくて」
僕の記憶力ははっきり言っていいほうだ。
だが、彼女のことだけは記憶からくり抜かれたように全く覚えていない。
記憶の前後さえ見当たらない。
「ううん、ずっと昔のことだもの。それよりまた会えたことのほうが嬉しいわ」
ずいぶん女性らしく話す人だと思った。
僕の同僚の女性は男勝りというか、結構豪快に話す人が多かったからなんだかとても新鮮だった。
もちろん同僚の女性のその話し方も好きだ。
変に気を遣わなくて良いし、女性とか男性とか関係なく同じ目線に立って話せている気がした。
彼女の口調につられて目が彼女の輪郭をなぞる。
さらりとしたストレートの髪、目鼻立ちが整った顔。
日本語をしゃべらなかったらどこの国の女性かわからないような見た目と独特な雰囲気を持った人だった。
いや、実は日本人ではないのかもしれないのだが。
僕は彼女のことを忘れた罪悪感から終始腰を低くしてしゃべっていたと思う。
彼女はユキさんといった。
白と書いてユキと読むそうだ。
あまりにも彼女に似合う名前に、
「すごく、きれいな名前ですね」と言葉が口をついて出た。
その瞬間はっとして顔が熱くなったのは言うまでもない。
そんな僕を見て彼女も少し赤くなって口もとに手を当てて笑った。
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