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5 天然記念物
紅茶にすればよかった。
僕は元居さんの話をするうちにあの頃元居さんの家で飲んでいた紅茶の味を思い出していた。
目の前にあるコーヒーがひどく苦く感じる。
普段なら美味しく感じたであろうコーヒーが、正体不明の不気味な液体のように思えた。
彼女は汗をかいたグラスの水を少しずつ飲んでいる。
色鮮やかだがやさしい光のステンドグラスの色に染まった彼女の白い肌や、グラスが彼女という存在の現実味を薄れさせている。
「あの、」
どうしてあんなところに傘も持たずにいたんですか。
他愛ない会話の中で、ずっと気になっていた言葉はまたもや僕の口の中で消化されてしまった。
なんとなく、問いてはいけない言葉のように思えたのだ。
彼女が少し首を傾げて僕の次の言葉を待っている。
「良かったらまた話しませんか」
思いもよらない言葉が勝手に口から飛び出した。
彼女も面食らったように少し目を丸くしている。
しかしどうあがいても口から音になって彼女に届いてしまった言葉は戻ってこない。
「いや、あの、ここの喫茶店雰囲気もいいし、コーヒーも、おいしいですし…」
僕は軽くパニックになっていた。
コーヒーはいま美味しくないのだ。
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