忘れない。あの夜の願いを……

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 *  あれから、八年がすぎました。  わたしは大学を卒業しました。  最後の春休み。  わたしは祖父母の家に帰ってきました。 「よかった。サヤちゃん。あんな怖いことがあったから、ここにはもう来てくれないんじゃないかと思ってたよ」  ひさしぶりに会って、祖母は嬉しそうです。 「ぜんそくで勉強、遅れたから、追いつくの大変だったんだよ。ほんとは来たかったけど」 「そうだよねえ。元気そうで、よかった」  わたしは元気です。  ぜんそくもすっかり治ったし。  もしも、それでも、ふさいでるように見えるとしたら。それは、大切な人の不在のせい……。  その夜、わたしは祖母に聞いてみました。 「森岡さんって、なんであんなことしたのかな? 研究のしすぎで、おかしくなっちゃったの?」  祖母は悲しげな顔をしました。 「森岡さんの奥さんは若いころに亡くなったんだよ。原因不明の貧血でね。ほら、ヘモなんとか。あれが壊れてく病気だったらしいよ」 「ヘモグロビンね」  それは純粋に病気だったようです。  でも、森岡さんは奥さんの病気を、吸血鬼のせいだと思ったのでしょう。そう思わないと、やってられなかったのかもしれません。  ヴァンパイアのせい——そう思って、復讐の対象を作りあげないことには。 「となりの人は帰ってきた? あのあと、急にいなくなったじゃない」 「となりの人? 誰だい? それ」  祖母はマヒロのことを、すっかり忘れていました。  祖母だけではありません。  あのとき、マヒロが消えたあと、たくさんの人が屋敷に来ました。警察や救急隊員。  でも、誰も、そこに人が住んでいたとは思わないのです。人間の生活したあとがないと言って。  わたしの見たのは夢?  みんなは病がちな少女の幻想だと言いました。  でも……。 (今夜は、満月だ)  あれから、百回めの満月。  わたしは今も満月にお祈りしています。  わたしとマヒロの信頼が永遠であることを。  そして、信じています。  きっと、マヒロも同じ願いを月にかけていると。  約束どおり、会いにきてくれると。  願いが叶う百回めの満月に。  だから、わたしは、ここへ帰ってきた。  ——月は唄う。あの人の声で。  信じて。約束を。かならず、と——  あの人は待っている。  青ざめた月光のもと、屋敷への扉をくぐれば。  きっと……。  了
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