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あれから、八年がすぎました。
わたしは大学を卒業しました。
最後の春休み。
わたしは祖父母の家に帰ってきました。
「よかった。サヤちゃん。あんな怖いことがあったから、ここにはもう来てくれないんじゃないかと思ってたよ」
ひさしぶりに会って、祖母は嬉しそうです。
「ぜんそくで勉強、遅れたから、追いつくの大変だったんだよ。ほんとは来たかったけど」
「そうだよねえ。元気そうで、よかった」
わたしは元気です。
ぜんそくもすっかり治ったし。
もしも、それでも、ふさいでるように見えるとしたら。それは、大切な人の不在のせい……。
その夜、わたしは祖母に聞いてみました。
「森岡さんって、なんであんなことしたのかな? 研究のしすぎで、おかしくなっちゃったの?」
祖母は悲しげな顔をしました。
「森岡さんの奥さんは若いころに亡くなったんだよ。原因不明の貧血でね。ほら、ヘモなんとか。あれが壊れてく病気だったらしいよ」
「ヘモグロビンね」
それは純粋に病気だったようです。
でも、森岡さんは奥さんの病気を、吸血鬼のせいだと思ったのでしょう。そう思わないと、やってられなかったのかもしれません。
ヴァンパイアのせい——そう思って、復讐の対象を作りあげないことには。
「となりの人は帰ってきた? あのあと、急にいなくなったじゃない」
「となりの人? 誰だい? それ」
祖母はマヒロのことを、すっかり忘れていました。
祖母だけではありません。
あのとき、マヒロが消えたあと、たくさんの人が屋敷に来ました。警察や救急隊員。
でも、誰も、そこに人が住んでいたとは思わないのです。人間の生活したあとがないと言って。
わたしの見たのは夢?
みんなは病がちな少女の幻想だと言いました。
でも……。
(今夜は、満月だ)
あれから、百回めの満月。
わたしは今も満月にお祈りしています。
わたしとマヒロの信頼が永遠であることを。
そして、信じています。
きっと、マヒロも同じ願いを月にかけていると。
約束どおり、会いにきてくれると。
願いが叶う百回めの満月に。
だから、わたしは、ここへ帰ってきた。
——月は唄う。あの人の声で。
信じて。約束を。かならず、と——
あの人は待っている。
青ざめた月光のもと、屋敷への扉をくぐれば。
きっと……。
了
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