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「みんな、お疲れさま」
司書の五月女先生が作業台の上にペットボトルのお茶を置くと、みんなはワッと歓声を上げた。
図書室の中は冷房が効いているけれど、廊下の隅で作業していた私たちの額には汗が滲んでいる。
「だいぶ出来たわね」
作業台の上を見渡して、先生が感心したように頷いた。
網飾り、吹き流し、提灯、貝飾り、輪っか綴りに挟み星。
色とりどりの折り紙で作られた七夕飾りが、所狭しと並んでいる。
「男子の方はどうですか?」
「設置完了だって」
「じゃあ、飲み終わったら飾りつけ始めます」
うちの高校では毎年、七夕前の1か月間、図書室の前庭に笹を飾ることになっている。
近所の卒業生が自宅裏の笹を切り出してくれ、図書委員の男子たちがそれを学校まで運んで前庭の手すりに結束バンドで固定する。
その間に女子たちは飾り物を折り紙で作ったり、記入用の短冊に紐を通したりする。
期間中、本を借りた生徒には短冊が配られるので、願い事を書いて笹に結び付けていくのだ。
七夕は図書委員会にとってメイン行事であると共に、実は全校生徒が心待ちにしている一大イベントだったりする。
それは、ここの短冊に縁結びの願いを書くと、かなりの確率で恋が成就するという噂がまことしやかに囁かれているから。
笹は7本もあるから飾り付けも大変で、最終下校時刻の8時ギリギリまでかかった。
みんなでぞろぞろと校門に向かって歩いていると、
「お疲れ!」
と後ろから声をかけられて、ビクッと身体が揺れてしまった。
「あっ、山口先生! 先生も短冊に書いてくださいね。彼女と結婚できますようにって」
隣を歩く絵理沙が山口先生をからかうと、みんなもクスクス笑った。
その輪に入れない私がいる。
実は私は大人の男の人が苦手だ。相手が学校の先生でも、突然話しかけられると返事もできないほど緊張してしまう。
同年代の男子は全然平気なのに大人はダメというのは、たぶん小さい頃に出て行った父親のせいだ。些細なことで怒り出して母に暴力を振るっていた父親。
父とは違うんだということはわかっていても、相手が大人の男性だとどうしても委縮してしまう。
こんな私が将来、会社勤めなんて出来るのだろうか。
受験生なのに、私は周りのみんなとはレベルの違う将来への不安を抱えていた。
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