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彼が階段の上の連絡通路の隅に私を下ろすと、駆け上って来た乗客たちがすぐ横を走り抜けて行った。
こんな遅い時間に下校することは滅多にないから、スーツ姿の一団が走る様を呆気に取られて眺めていた。
たぶん、1時間に1~2本しかないバスに乗るために、みんな必死なのだろう。
あのまま、階段の途中であんな鬼気迫る連中に追い越されていたらと思うとゾッとした。
「駅からはバス? その足じゃ大変だな。おうちの人に迎えに来てもらえる?」
若いサラリーマンの優しく尋ねる言い方は、まるで小さい子供に言うみたいだった。
「迎えに来てもらえると思います。ありがとうございました」
深々と頭を下げると、彼は少し照れたようにいやいやと手を振った。
その横をOL風の女性が訝しげに私たちを見ながら通り過ぎて行った。
制服を着た女子高生とスーツ姿のサラリーマン。おかしな取り合わせの2人が立ち話をしている。そう思ったのだろう。
女性の視線に男性も気づいたみたいで、コホンと咳ばらいをしてから少し屈みこむようにして私の顔を覗き込んだ。
「北口? 南? 座れるところまで運んであげるよ」
「北口ですけど、そんなご迷惑をかけるわけにはいかないのでいいです」
「迷惑なんかじゃないし、実際、歩けないでしょ?」
そう言われたら頷くしかない。連絡通路を歩いて改札を抜けて、また階段を降りて行くことなど、今のこの足ではとても無理だ。
「はい。じゃあ、お願いします」
私がそう言うと、彼はホッとしたように微笑んだ。その笑顔が素敵で、ドキッとした。
彼はまた私を右手1本で抱き上げると、連絡通路を歩いて行った。
左手には重そうなビジネスバッグを持っている。ひょろっと細いのにすごい力持ち。
私、45キロあるのに。教科書とノートでいっぱいの重いリュックを背負っているのに。
改札を通る時だけ、彼は私をそっと降ろした。
ゆっくり歩いて通ったけど、足首が痛くて力が入らない。もしかして骨が折れているのかも。
今日のバスケのテスト、受けておいて良かった。こんなんじゃ、しばらく体育は見学だろうから。
先に改札を通っていた彼がすぐにまた私を抱き上げたけど、今度は右肩に私を乗せる感じにして階段を慎重に下りて行った。
何だか大切に扱われている。それが無性に嬉しかった。
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