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それなりに修羅場を潜って生きてきた。
抱いた女も数えきれない。必要とあれば男も抱ける。相手に対し特別な感情を抱くこともない。
そうして仕事に徹してきた。
それが伊庭の選んだ生きる道だったからだ。
しかし伊庭は、俊晴に心惹かれている。
俊晴は違う。なにかが違う。
たしかに美しい。
透けるように白い肌、切れ長の目に黒曜石を思わせる黒い瞳。
だが、整った顔立ちは、絶世かと問われれば、捜せばもうひとりやふたりいてもおかしくはない程度だ。
なのに、俊晴にはなにかがあるような気がしてならない。
伊庭の身体の奥の奥で、本能よりもさらに深くで、得体の知れないものが共鳴する。
伊庭はだから、ほんの少し動揺している。
「ところで伊庭さん、私に用、というのはどのようなことなのでしょうか?」
俊晴の言葉で我に返った。急いで営業用の笑顔を作る。
「はい、用と言いますのは……」
懐に手を入れる。
目にも留まらぬ速さでそれを取り出し、迷わず引き金を引いた。
パシュッ。
サイレンサーの、真綿を叩くような小さい音が長く耳に残った。
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