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「ふもとからは、どなたも訪ねてみえないのですか?」
伊庭は尋ねた。
「ええ、誰も来ません。私が山を下りる以外には、他の方と接することはないのです」
俊晴は僅かに陰りを見せた。
当然だ。寂しくないはずがない。
こんな山奥にたったひとり、他者との交わりを、ほとんどと言ってもいいくらいに断って。
「どうぞ、こちらの部屋でお待ち下さい。なにもありませんが、お茶をお淹れいたしましょう」
広い座敷に通された。
「どうぞ、お構いなく」
伊庭はそう断って座敷に上がった。
本当に構って貰わなくてもいいのだ。
用ならすぐに済む。だが伊庭は、珍しいことに俊晴に少し興味が湧いている。
もう少し話をしてみたい。
寂れた山奥にたったひとりで住んでいる室生俊晴とは、いったいどんな男なのだ。
伊庭はそのまま通された座敷を横切り縁側に立った。
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