月の舟は、星の林に漕ぎ出ずる

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その部屋は小綺麗に整頓され、主の人となりが現れていた。 中学を卒業してから一度もあったことのないその人は、現在どうしているのか全く分からない。 噂では高卒後に就職をして実家を離れたと聞く。 この部屋を一晩提供してくれたその人の親にさえ、自分からは彼のことを何も聞かなかった。 いや聞くべきことではないと自覚していた。 ある日、交通ストによる隣の市への交通手段が断たれた。 一時間かけて電車で予備校へ通う私は、急遽、宿泊先を決めなければならなかった。 旧知であるその人の母に、一泊することを頼んだのは私の母だ。 私の想いなど全く知らない母は、たまたま電話連絡があった、その人の母に何の気もなく一泊することを頼んだのだという。同じ市に住んでいる親戚には、その日連絡がつかなかったのでやむなくだ。言われるまま、泊まる準備をして日曜の夕方電車に乗った。 私も知らないふりをして、一晩その部屋にお世話になった。 夕食を提供して頂いて、予習の為その人の机を借り、 ベッドで休む。 小ざっぱりしてる布団は、新しい客用のものを用意してくれたという。 まさか、提供してくれた部屋がその人の部屋であったとは思いもよらなかった。
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