月の舟は、星の林に漕ぎ出ずる

9/10
前へ
/10ページ
次へ
『天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』 いつの間にか近くにいた彼は、パンフレットを見ていた自分に向かって微笑んだ。 「読んで頂けました?」  「人麻呂ですよね」 「そうです、柿本人麻呂。ご存知でしたか?僕、この歌が好きなんですけど、派生歌って知ってますか?」 「派生歌?」 「はい。言ってしまえば、一つの歌から受けたインスピレーションで読まれた和歌なんですが…」 彼はそらんじて4つの和歌をつぶやいた。 『月の舟 さし出づるより 空の海 星の林は晴れにけらしも』 (新後拾遺集 詠み人知らず) 『月は舟 星は白波 雲は海 如何に漕ぐらん 桂男は唯一人して』 (梁塵秘抄 詠み人知らず) 『雲の波 かけてもよると 見えぬかな あたりを払ふ 月のみ舟は』 (待賢門院堀河) 『天の海の 月のみ舟を名ぐはしき 大湊べにきみ見るらむか』 (荷田蒼生子) 「もっといろいろあるそうなんですが、天文好きから星に関する和歌も少々勉強しました」 彼はくったくなく笑って自分の方を見た。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加