左指の天の川

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海と空の境も見えない闇の中に、汐の香りと波音だけが漂う。 雨を吸って湿った防波堤のコンクリートが、仰向けに並んで寝転んだ僕とあなたの背中を、ぼんやりとぬるま湯のように包む。 目の前の星屑の海に、今にも落ちてゆきそうで。 でも結局どこへも行けない僕達は、ただ、宙をさまようように、ここにいる。 僕と一緒にいても、あなたの半分は、いつもここにはいなくて。 そしてここにいる半分は、いつも声にならない悲鳴を上げてる。 『天の川、綺麗ね。 織姫と彦星、今年は会えたよね』 儚く微笑むあなたの半分が、天の川の向こう岸に吸い込まれてゆきそうで、 ――怖くて。 僕はあなたの手を掴み、指を絡めた。 『夫の遺したものを、私は棄てられない』 ぽつんと漏らしたのは、あなた。 それだけで生きてゆくことが、窮屈で仕方ないくせに。 『もう電話はしない』 言い出したのは、僕。 そんな約束、これっぽっちも守る自信なんてないくせに。 あなたが壊れてしまう前に。 ――そう、思うのに。 なのに今つながっているこの指を、僕は自分からほどくことができないんだ。 ただ、あなたが好きで。 好きでたまらなくて。 誰をどれだけ傷つけたってかまわない。 僕達が出会った偶然と同じくらいの奇跡が、 もう一度起こって、僕達が一緒に歩いてゆく未来をくれないか、なんて。 流れ星を見つけるたびに、そう願いそうになって、口をつぐむ。 天空を切り裂く天の川は、遠く、どこかわからない果てまで、きっと続いている。 ちっぽけな僕達の迷路の出口を、容赦なく押し流しながら。 いっそ、 7月7日なんて待たずに、天の川に落ちて一緒に沈んでゆけるのなら。 いっそ、 7月7日なんて僕達には永遠に来ないと、そうわかっているのなら。 どんなに自由になれるだろう。 僕も、あなたも。 叶わぬ願いにすがることもなく。 絡めた指の温もりでさえも、僕の胸を軋ませる。 あなたが差し出すのは、いつも左手。 決して指輪を外さない、左手。 それがあなたのギリギリの答えだと、 本当は、わかっているから。 そして僕はまた、やりきれなさを誤魔化して、守れるはずのない約束を口にする。 叶うはずのない願いを、口にせずに済むように。 あなたはまた、薄く微笑むのだろう。 左指に光る小さな天の川に、 あなたの半分を封印して。 Fin.
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