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「あの、これ」
「ん?」
そこは、なぜか二人で座るように作られたペアシートだった。
簡単に言うと肘置きが存在せず、二つ分のシートがセットになっている。やや広めに作られているおかげで女性二人が座る分にはゆとりが十分にあるのだろう。でも、これは。なんだろう、どう考えても距離が近すぎる。
だって腕なんてどこにおいても触れてしまうではないか。こうやって服越しに触れられるだけでも胸が張り裂けそうだというのに。直接その肌に当たってしまうだなんて。私に、できっこない。
「えっと、ここ、ですか」
「見やすいじゃん」
「いやそうですけど」
「せっかくだよ?」
「……そうですけど」
こうなるとさちさんは一歩も引けを取らない。そういう性格だということは、長くもないが短くもない付き合いの中でわかっていた。もちろんネット上で、ではあるが。
しぶしぶとペアシートに座って、せめてもの抵抗に体の隣にカバンを置くと「これ邪魔」と言ってあっけなく地面に放り投げられた。あ、はい。そういうね。魂胆はバレバレですか。
なんだか嬉しそうにニコニコしているさちさんを見ていると私も「まあいいか」なんて思ってしまって、そういえば星座なんでしたっけ、とかどうでもいいことを聞いてしまう。そんなの誕生日から考えればすぐわかるのに。なぜか彼女の声を聞いていたくて、わかりきったことを聞いてしまう。私は彼女の声が好きなのだ。高すぎもせず、低すぎもしない。でも柔らかくて芯のある彼女の声がどうしようもなく好きだ。だから、こうやって無意味だと思われるような質問をずっとしてしまう。
本当は内容なんてどうでもいいのだ。いつまでもこの耳に彼女の声が響いていれば。それだけで、もう、十分なのだ。
「ねえ、ひなちゃん」
「なんですか?」
「あのね、私」
何か言いたそうにさちさんが口を開いたタイミングで、場内が暗くなった。そろそろプログラムが始まるのだ。周りには誰もいないとわかっているけれど、無意識のうちにぐっと口を閉じて上を見上げてしまう。
そろそろ季節外れの天体観測の始まりだ。
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