一時、日常を抜けて

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 煮立った鍋に調味料を入れ、数度かき混ぜてから卵を落とし、最後にもう一度混ぜて……。 「……よし」  蓋をして五分蒸らす――これで完成だ。  高校生以前ならからきしだった。まあ今も手際がいいとは言い切れないが、十分合格と言えそうな見栄えのたまご粥がそこにはある。ちょっとしたことだが、これも一人暮らしの賜物と言えるのだろうか。  匂いに気付いたらしく、調理中は静まり返っていた智乃がタイミング良く体を起こした。 「食べられそうか?」 「うん……すごくいい匂い~……」  そう言いながら、鍋の載ったお盆を智乃が受け取る。少しの間感心するような目で鍋の中を見つめてから、律儀に手を合わせて言った。 「いただきます」  レンゲを手に取り、一口目がゆっくりと口元へ運ばれる。何故だか異様に緊張する光景だったが、 「……! おいしぃっ!」  続くその一言を聞いた時、自分の口から安堵の息が零れていたことには気付いていた。 「簡単なもので悪いけどな」 「そんなことないよ……ありがと、遥也」 「……ん」  何か一種の気まずさのようなものを感じ、気付けば視線をやや智乃から逸らしていた。その間も彼女は隣で粥を食べ進めていて、しかも一口毎に美味しいと連呼するのだから……ひょっとして世辞なのではと、思わず疑ってしまいそうになった。 「何か、思い出すね」  クスッと笑うように、智乃がそう呟いた。 「何を?」 「小学校の時、遥也が調理実習でやらかした時のこと~……」 「……いや、ふつー成功品見て失敗談を思い出すか?」  俺も俺でトラウマ事の凍結処理が甘い。智乃が放ったわずか一言で、こうも容易く記憶を紐解かれてしまうなんて。 「お味噌汁がね~……すごい辛かったんだよね~」 「その辺にしといてくれ……これ以上はっきり思い出したくねーから」 「あ、……ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」  小学校の調理実習、メニューは味噌汁、そして味付け当番を任された自分。完成した味噌汁のその割とまともな見た目に反し、飲む者は皆一口目から盛大に吹き出していた。あまりの塩辛さにしばらく咳が止まらず、終いには泣き出しているやつもいた気がする。  ……他人事ならば確かに面白いだけの思い出なのだろう。しかし俺にとっては、やはり全力で封印しておきたかった思い出なのである。卒業するまでの間に一体何度からかわれたか、まったく数えればキリもないのだから。
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