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初冬の駅に立つオレと彼女。
最終電車のアナウンスが流れ、見慣れた塗装の通勤車両がプラットホームに滑り込んできた。
車両が連れてきた風をはらんで、彼女の細い髪が舞う。
「最終電車だよ」
「そうね」
何気ない振りを装(よそお)ったつもりの言葉が、掠れて上手く発音出来ない。心の中は全く違う言葉で一杯だったから。
乱れた髪を無造作に手櫛で後ろへ撫で付けながら、彼女のもの言いたげな翡翠色の瞳はオレの胸のあたりを見つめたまま離れない。
ホームにアナウンスが流れ、発車のベルが鳴り響く。都市部とベッドタウンを結ぶ路線。休日の最終電車は乗客も少ない。
「これに乗らないと明日の飛行機に…」
「わかってるわ」
やがて、オレに向けられていた彼女の視線がスッと足元へ落ちた。長い髪がその表情を隠して、彼女の爪先がゆっくりと電車の扉へ向いていく。
あの瞬間、気が付いたら心の中から言葉がこぼれ落ちていた。その言葉が彼女とオレのこれからに与える影響を、わかっていたのだろうか。
「君が好きだ」
彼女の背中が、少し跳ねた様に見えた。
プラットホームの照明に縁取られた小さな頭部が少しだけこちらを向いて、横顔のシルエットを見せる。
小さな額と、少しアンバランスなくらい高く通った鼻梁。黄金色の薄い眉の下で、濡れている大きな瞳。
プラットホームを吹き抜ける冷気に、長い睫毛が震えていた。
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