かくれんぼ

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 藁をも掴む思いで受けた成功率の低い手術は失敗し、とうとう妻は食事を取る事も出来なくなった。  神様なんていない……そう絶望していると、妻は笑顔を見せる。 「神様……ありがとう……」  不意に発せられた言葉が、心を体の外へと飛び出させた。我慢していた涙が溢れ出し、世の中の全てを信じられなくなっていた私は、真っ白な壁に拳を殴りつけて叫ぶ。 「神様なんていないじゃないか! 何でだよ……何も悪い事なんてしてないだろ! どうしてお前が死ななきゃならないんだ! ずっと真面目に生きて……くそっ……くそっ……おいて……おいて逝かないでくれよ……」  妻は驚きながらも笑顔を崩さず、必死に想いを紡ぎ続けた。 「でも……あなたに……会えたよ。雅人に……会えたよ。もし、生まれ変わって……同じ人生と……あなたと雅人に会えず、百歳まで生きる人生を選べと言われたら……きっと……同じ人生を選んじゃうな……」  子供の様に泣きじゃくる私を枕元へ呼び、殆ど動かなくなった手を必死に這わせ、花柄の封筒を差し出す。  一つは私に宛てられた手紙で、もう一つは息子に宛てられた手紙だった。  遺言と感じた手紙を見る事が出来ず、相槌だけを打って鞄の中へ忍ばせる。  お願いしますと言う唇の動きを読取り、痩せ細った手を握り締めた。  すると、瞳を閉じた妻は少しだけ口角を上げ、涙の滴を頬に伝わせた。
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