かくれんぼ

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 休んでいた仕事に復帰し、時間の融通が利く部署へ異動を申し出た。生きて行くには働かねばならない。しかし、雅人の為の時間も必要だ。  男手一つで子育てをするのは大変だと分かっている。しかし、親は既に他界しているので、頼れるのは自分だけ。酒も煙草も止めて必死にやるべき事と向き合うが、それでも時間が足りないのは目に見えていた。  仕事に復帰した初日。  定時に会社を飛び出し、急いで保育園へと向かった。 「雅人君のお父さん。今日は鞄の中に、コップとミニタオルが入ってませんでした。次回からは気を付けて下さいね。それと、来週の火曜日には遠足があります。お弁当を用意して……」  聞いても理解が出来ず、ただ頭を下げる。すると、園児の泣き声が響き渡り、先生は話が終わらない内に姿を消した。  どうしていいのか分からず、雅人と手を繋いだまま立ち尽くす。 「まー君、帽子を忘れてるよ」  突然差し出された雅人の保育園帽子を受け取り、弾ける笑顔の女の子を見て我に返った。その後ろでは、優しそうな女性が微笑んでいる。 「こんにちは。早苗の母です。何でも遠慮無く言って下さいね。家も近いし、早苗も雅人君と仲が良いので、お力になれると思います」    ……思い出した。妻の葬儀に参列して、涙を流してくれた鈴木さんだ。  失礼だが、顔すら忘れ掛けていた。自分に精一杯で、周りが見えなくなっていたのだろう。
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