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1 変わり者の彼は
世界はいつの間にか変化してた。
私の気がつかないところでゆっくりと、急速に。
「目的に直接コミットします!」
「余計な手間はもういらない!」
「これであなたも迷わない!」
デジタルサイネージの広告たちが音もなく叫んでいる。
私たちの世界からはいつの間にか「無駄」がなくなった。「失敗」が減った。
「紙の辞書?まだそんなアンティーク使ってるの?」
たかが数十年で紙の辞書の価値はぐっと低くなった。今も使っているのはアンティークマニアくらいだろう。
少なくとも私の近くでそれを使っているのは変わり者の彼だけだ。
「これは知識の仮想的な重さだよ」
分厚い辞書を手にもって彼は言った。
「知識に重さも何もないよ」
たくさんの紙の辞書が並ぶ部屋に彼はいる。
今ではあまり嗅ぐことのない古い紙の匂い。
これカビ臭いっていうんじゃないだろうかっていつも思ってるけど、この部屋はなんとなく気に入っているから彼には言わない。
「いやいや、ちょっと前までは知識には体感と時間があったんだよ」
ふーん、私は自分のデジタルデバイスで「ち、し、き、変換、知識」と指先を至極ゆっくりと動かして打ってみる。
知識(ちしき、英:knowledge、独:Wissen、仏:connaissance)とは、認識によって得られた成果、あるいは、人間や物事について抱いている考えや、技能のことである。
さすが目的に迅速にコミットする社会。
一瞬で答えが出てきた。と、彼の手が私のデバイスを取り上げる。
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