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「瞬間…」
彼は瞬間が好きだ。
もう少し言うと、例えばりんごを切る「過程」が好きだ。
丸々としたりんごを半分に切るあの刃の入っていく「瞬間」少し厚い皮をプチっと切り、シャリと音をたてながら実を切り硬い種を半ば強引に押し切り、また皮をプチプチと切り抜くあの瞬間の「過程」が好きだ。
いまの時代では失われた「瞬間の過程」彼はそれを求めてる。
つまりこれらの本もそういうことだ。
彼はある言葉を探すとき嬉々として本を本棚から取り出し、本のカバーを触りながら紙のページをパラパラとする。
目的のページに近づくと一枚ずつペラリペラリとめくりながら、たくさんの言葉のなかから目当ての言葉を指を沿わせながら探す。
私たちいわゆる一般人は調べたいことがあったらこのデバイスで単語を入力して、検索ボタンを押すだけ。
最近はそれすらもなくなって声に出してデバイスに調べてって言ったら、優秀なこの子は1秒もかからずに答えを出してくれる。
でもこの家は違う。
たくさんの過程がある。
彼はそれを見つめ、感じ、生きている。
「彩香さん?」
彼が少し心配そうにこちらを見つめる。
しまった、ぼうっとしてしまった。
なんて言われたんだっけ。
「いえ、えぇと、どんな…どんな瞬間なんですか、色ができる瞬間って」
ちょっと言い淀んでしまったけど、彼は待ってましたと言わんばかりに片方だけできる笑くぼを深くさせた。
「聞きたい?彩香さんもやっと瞬間の過程の美しさに興味を持ってくれたね、無謀と思いつつも語り続けてきて良かったよ」
彼はうんうんと大きく頷いている。
やっぱりこの人は変だ。
そんな人に好意を持っている私も大概変人なんだろう。
しょうがないなぁと私も笑ってみる。
「教えていただけますか、セツナさん」
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