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3 雨の過程の話
「彩香さん、今日は雨が降っているね」
まるで語尾に音符マークがつきそうなくらいの挨拶。
彼は今日も相変わらず「ようふく」だし「めいじ」だ。
「嬉しそうですね」
彼が淹れてくれたミルクたっぷりのコーヒーを受け取る。
「そうだね、だって雨の過程ってとても美しいじゃない」
出た。「過程」の時間だ。
私はわざと意地悪くそうですかねって言ってみる。
そうすればまた彼が過程の美しさの説明を始めるってわかっているから。
「雨も、雨の日の過程も美しいんだ」
そう歌うように言うと彼も自分のコーヒーに口をつける。
あれ、セツナさん猫舌じゃなかったっけ。
「熱っ」
案の定彼は顔を歪めながら、カップを持った手から数歩後ずさった。
「冷ます過程を忘れてた、僕としたことが…」とかなんとか熱さに泣きそうになりながら呟いている。
「大丈夫ですか」
「っうん、大丈夫大丈夫」
私は猫舌じゃないから、彼の気持ちがあまりわからない。
前にそれを伝えたら、君は冷ます過程を知らないなんて不幸だと言われた。
じゃあセツナさんは熱いコーヒーから冷めていくコーヒーの味の過程を知らないです、そっちのほうがよっぽどもったいないですよ。
と言い返したら、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして笑った。
「それよりね、雨の過程の話だよ」
まだ口に残るヒリヒリとした痛みに顔を歪めているが、それよりも過程の魅力を語るほうが彼にとっては重要らしい。
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