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「よく見ててね」
彼が小ビンの蓋をあける。
ギュッという音がした。
彼の手にはいつの間にかスポイトのようなもの、確かあれはピペットって名前だったっけ。
本物を見たのは初めてだ。
その先を小ビンの中に突っ込んだ。
カチッとガラスとガラスが当たる音がした。
そして音も立てずにスポイトは黄色い液体を吸い上げる。
それを、紙の上へ。
一滴、二滴。
雫が紙の上に着地した途端、それは形を変えて紙の繊維に沿って根を伸ばしていく。
どんどん、伸びる。
またカチッと音がした。そして
「っ」
息を呑んだ。
伸びていた黄色の根に手を重ねるように伸びてきたのはあの赤紫。
でも違った。
それは明らかに赤く赤く染まっていた。
まさに紅葉だった。
紙の繊維が葉の葉脈に見えてくる。
黄色が多いあたりはオレンジ色もちらほら見えた。
なおも色の根は勢いを止めず、ぐんぐん伸びていく。
今度はガラスのぶつかる音もせず青緑が垂れてきた。
青緑は黄色と出会い、新録を作り出す。
また別の場所で色は出会い、新しい色を作り出していく。
出会って、別れて、濃くなって、淡くなって。
色はこんなに自由で生き生きとしたものだったのか。
私が見てきた色は名前をつけられ固定されて、とても窮屈そうに見えていたのに。
世界の素だなんて、と思った自分はもうどこにもいなかった。
この日確かにこの紙の上で、私は世界が出来ていく瞬間を見たのだ。
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