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 夜の空気はすうっと鼻を抜けていき、今ごろ食卓に並んでいるであろうままごとみたいな出来の夕食を連想させた。昨日はケチャップでハートを書いたオムライスだった。今日はなんだろう。性欲が満たされたことで正直食欲なんて微塵も沸かない。しかしそんなことを言えるわけもないし、悟られるわけにもいかない。気だるい腰と、眠い目を擦りながら電車に揺られ数十分、更に駅から徒歩数分。ちゃちなボロアパートの2階の端が僕の家。灯りのついた小窓を確認して、鍵を通さず恐る恐るノブを回すと木製の薄っぺらい扉はすんなり僕を受け入れた。 「あー! トモもう帰ってきたの!? ごはんまだできてないのにぃ」  狭苦しい玄関で靴を脱いでいると、小柄な女が台所からひょっこり顔を出す。うさぎのキャラクターをプリントした幼稚な趣味のピンクのエプロン。彼女の姿を確認して僕は深く息を吐く。 「ひとりのときは鍵かけろって言ってるだろ」 「うそ、かけてなかったっけ? ごめーん」 「入ってきたのが僕じゃなかったらどうすんだ」 「えー、でもトモだったじゃん」  彼女はあっけらかんと言ってのけるとすぐに僕へと駆け寄ってくる。彼女の小さな体と向き合うと、彼女は背伸びをして目を閉じた。子供みたいなぽってりと赤い唇に自分のそれを重ねる。時間にしてたったの数秒。僕たちの、ほんの些細な日課。ただいまのキス。唇を離すと、彼女はまたすぐにパタパタと台所へ戻った。華奢な背中を見送って安堵の息を吐く。  よかった、バレてない。僕がデリヘル嬢とイイことをしてきたなんて、勘づかれてもいない。 「ごはんもうすぐできるから。手洗って待ってて」  ぼうっと突っ立っている僕なんか見向きもせずに彼女は言う。鈍い女でよかった、なんて僕が思ってることを、彼女は知る由もないんだろう。
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