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結婚式後に行った放射線治療が思いの外上手くいき、それから暫くはまるで奇跡でも起こったかのように、父は穏やかな日々を送ることが出来た。
その間に私の子供も大きくなり、じいじと呼んで父を慕う姿に、また1つ親孝行出来たのかなと思えた。
そんなかけがえのない日々が過ぎて、ある日父は再入院し、そこからは一気に悪化の一途を辿った。
父の容態はとても悪く、それは誰の目にも明らかだった。あともって数日だろうと言う医者の言葉に、分かってはいたけれど言葉をなくした。
息苦しそうに眉間に皺を寄せながら目を瞑っていた今日の父を思い出しながら、天を仰ぐ。
父が、最期はどうか安らかに旅立てることが出来ますように。
孤独を感じず、皆に見守られながら、苦しまずに逝けますように。
亡くなるその瞬間、生きていて良かったと思えますように。父が……。
父を想っての2度目の夜空への願い事も、1度目の時のように次から次へと出てきて止まらない。
人が受け取れる最後の幸せって何なんだろうと、父の顔を見ながら考えていた。
痛みやその寿命を代わってあげることは出来ない。けれども、傍にいてあげることは出来る。
安心出来る場所で、自分が好きで自分を好きだと思ってくれている人達に、最期を穏やかに看取ってもらえる。
それが、人として生きてきた中で1番幸せな最後の時間なのだとすれば、哀しいけれどそこに私はいてあげたい。父を優しく看取ってあげたい。
風が頬を撫でる。実家の夜空から見える星々は、ただ静かに淡く光る。
その刻は、こうして夜空を見上げている間にも刻一刻と緩やかに近づいている。
もっと、もっとその流れる時間が緩やかになってくれたら良いのにと、更に切に願う。
いずれその時がきたら、父に言ってあげたい言葉がある。
今まで私のお父さんでいてくれて、ありがとう。私もいつかそこへ行くから、それまで待っててね。
今度は、一緒に夜空の上を手を繋いで散歩しよう。
最期にかけてあげたい言葉が次々に浮かぶ。けれど、一番言いたいことはそんなことじゃない。
お父さん、大好きだよ。
それが、最期の最後に私が父に一番伝えたい言葉だ。大きくなるにつれ、いつしか言えなくなっていた。
夜空を見上げながら、心の中でその言葉を何度も呟く。
1つの流れ星が、すっと線を描きながら流れて消えた。
ーーENDーー
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